一日目一杯動き回ると次の日は動けなくなってしまうこの頃。
以前は毎日予定を一杯入れて動き回るのが充実していると思っていました、そして疲れていても予定をこなすことにやりがいを感じることで自分を誤魔化していたのかもしれません。
そして出来ないでたまって行く物事に焦りを感じながらも突っ走って疲弊していた。
それを今取り戻しつつあります。
巣篭もり生活で何もしなくても終わる毎日、それでも良いと思えるようになりました。
そんな毎日の中にも一つ何か出来ると満たされる、ゆっくりお茶を飲む、想いを巡らせる。
教室が休みの間に主人の服のお直しとマスクを縫いました。
そのマスクは販売用ではなくお世話になっている方に差し上げて喜んでいただきました。
今は息子とじっくり向き合える時間がある。
それは望んでいたこと、コロナを理由に教室も気兼ねなく休め母の所にも行けないので時間が充分あります。
引越しに向けての準備は思った以上に時間がかかります、やりながら新たな問題も出た来てまた方向修正する、息子と一緒にあれこれ考えるのも良い時間です。
今はそれに全力を使う。
息子も新たな自分の生活のことと残る私達のことにも心を配っているのがよくわかります。
言葉は時に厳しく乱暴なこともありますが心優しい人です。
息子が環境を変えて自分を見つめることで生きやすくなることを祈っている、干渉から解放さるて自由というものを味わい生きる喜びを見つけて欲しいと思う。
私は距離を置いて見守り、自分の時間を持ち一生懸命ではなくて楽しく生きる。
休める時は休もう